商品が売れない時期に一番心配して、応援してくれた母。

 
91歳で亡くなった母の3回忌が来ます。Helloさつまを立ち上げて間もない頃(梅雨の時期)お味噌が売れず、発酵がどんどん進み赤くなって泣いた時がありました。
当時まだ元気だった母は無償で私の手伝いをやってくれて、いつもあなた達が造るお味噌が一番おいしい、美味しいと言ってくれました。
そして、その赤くなった味噌樽の中にダイコンや昆布、ゴボウなどを入れてしょっぱい野菜の味噌漬けを作ってくれてたのをこの時期に
なると思い出します。
 
 利益が出るようになるまで、母もそうですが人に恵まれていました。
鹿屋市やねだんの豊重館長、商品を購入して下ったお客様。
機材屋さん。良き人との出会いで今があります。
世の中、思いもしない出来事がおきては試練がやってきて、またもや試練に立ちむかう日々。

さつまおごじょの根性でがんらねば。